誇りが育つ日本の歴史Propaganda Buster

hiroyuki saito

日本の近現代史を中心に歴史を深掘りしていきます Propaganda Buster

歴史 

なぜ、マスメディアは通州事件を報道しないのか?
公開日時: 2020-11-04 10:50:00


 なぜ、マスメディアは通州事件を報道しないのか?  

 
 

昭和12年7月に起きた通州事件の新聞報道は、大手新聞社を始め、各社報道合戦を繰り広げ、真実を伝えていました。 

 
 

しかし、戦後の大手新聞を始めとするマスメディアは、報道規制がかけられているため、真実を伝えていません。 

 
 

あなたは、言論の自由が阻害されていたのは、戦前の帝国主義の時代であり、民主化された戦後は、言論の自由も許されるようになった、と思い込んでいませんか? 

 
 

実は、戦後の日本は報道規制の歴史なのです。 

 
 

昭和20年9月、GHQはプレスコードというものを発令し、参謀第二部(G2)管理下のCCD(民間検閲支隊)において検閲を実地しました。 

 
 

新聞、ラジオ、政治家の声明、個人の手紙類は全て、検閲されて、GHQの気に入らない内容は、削除されました。 

 
 

そして、すでに戦前に出版されていた書籍の中で、GHQの気に入らない書籍は、流通網から回収されて処分されてしまいました。(焚書) 

 
 

昭和27年4月、サンフランシスコ講和条約に伴い、このプレスコードは失効しました。 

 
 

次に、中国共産党と交わした、記者交換に関する取り決めがあります。 

昭和39年(1964年)、日本の報道各社が、中国で活動する際の取り決めを定めた、「日中双方の新聞記者交換に関するメモ」が、中国共産党と取り交わされました。 

 
 

この協定は、昭和47年(1972年)9月、日中国交正常化に伴い昭和48年末で失効されましたが、昭和49年1月、新たに「日中両国政府間の記者交換に関する交換公文」が交わされました。 

 
 

その内容は、昭和35年(1960年)に、周恩来が日本側に公式見解で示した「政治三原則」を遵守することとなってます。 

 
 

政治三原則とは、 
1、中国敵視政策をとらない 
2、「二つの中国」をつくる陰謀に参加しない 
3、中日両国の正常な関係の回復を妨げない 
というものです。 

 
 

日本のマスメディアは、この政治3原則に違反しないように、中国共産党の意に沿った形で報道しています。 

 
 

なぜなら、この政治3原則に違反すると、多くの報道機関が置いている北京支局が閉鎖され、特派員は強制出国させられてしまうからです。 

 
 

通州事件について、日本のマスメディアが報じないのは「中国共産党に対する敵視政策」とみなされ、「中日両国の正常な関係の回復を妨げ」てしまうからでしょう。 

 
 

真実を知りたい、真実を伝えて欲しいという欲求は、多くに人にあると思いますが、報道規制がかけられているマスメディアに、その希望を託すのではなく、自分の頭で調べて、考えて、行動していくしかありません。 

 
 

 

 
 

 
 

 
 

 
 

 


通州事件 真犯人は蒋介石と中国共産党だった
公開日時: 2020-11-04 06:01:47


通州事件 真犯人は蒋介石と中国共産党だった  

 
 

今から80年前の昭和12年7月29日、北京郊外の通州というところで、支那人による日本人を標的にした残虐テロ事件がありました。 

 
 

実は、このテロ事件を裏で仕組んだのは蒋介石と中国共産党だったのです。 

 
 

「天津文史資料選集」第21集(天津人民政治協商会議天津市委員会文史資料研究委員会編)に収録されている、「冀東保安隊通県反正始末記」(張慶余 執筆)から引用させていただきます。 

 
 

これは通州事件の主犯格の張慶余(ちょう・けいよ)自ら書いた始末記になります。 

蒋介石政権と日冦(ニッコウ)(日本政府)とで結んだ、塘沽(タンクー)協定の後、冀東は非武装地帯とされた。 

 
 

次に蒋介石政権は河北省の首席・于学忠(う・がくちゅう)に密命を下し、特殊警察総隊を作り冀東非武装地帯に入れ、警備させた。 

 
 

于学忠(う・がくちゅう)は、私、張慶余(ちょう・けいよ)と張硯田を選出し、第一総隊長と第二総隊長に任命した。 

 
 

その営長と連長も第51軍から選び、訓練を開始した。 
1935年に冀東地区に移動し駐屯した。そして、冀東防共自治政府を殷汝耕(いん・じょこう)が樹立させ、名称を冀東保安隊に改称しして、偽政権の統括となったのである。 

 
 

私の長男、張玉珩(ちょう・ぎょくこう)は、私が偽冀東政権で有力な責任者の席に付いているという話を聞き、 

 
 

私が国家に反したと判断し、恥ずべき父親だ、私と親子関係を切るとまで言いだし、その言葉を新聞にのせた。 

 
 

妻の于徳三も速やかに反正の方法を講じるべきで、さもなければ親友郷党から問題視されるから逃げよう、と言いだした。 

 
 

そこで、私は極秘裏に妻に告げたのである。「私の意思を今すぐにはっきりさせるのは適当でない。けれども、近い将来には必ず明らかになる。息子に伝えて欲しい。耐えてまち、お前の父親のこれからの行動を見ていろ」と。 

 
 

1935年、宗晢元(そう・てつげん)が冀東政務委員会に就任して間も幕のことだった。 

 
 

私と張硯田は極秘のうちに張樹声(ちょう・じゅせい)(国民党軍の将軍で哥老会の会員)に頼んで、「宗晢元を直接紹介してもらいたい。できれば宗に従って、抗日戦線に加わりたい」と伝えた。 

 
 

張樹声は快諾し、すぐに手配してくれた。宗は非常に喜び、私たちと会いたがってくれたが、日冦や漢奸(漢民族の裏切者のこと)どもの目につくのを極度に警戒し、天津の旧イギリス疎開の17号路にある宗の自宅で私と張硯田と会談した。 

 
 

その席で宗は「元々お二方は祖国を熱愛し、また最近は俊傑(張樹声のあざ名)兄が、お二方が力を合わせて抗日したいと言われていると伝えてくれました。 

私は、ここに国民党政府を代表して心から歓迎の意を表します。 

 
 

現在は、にせ冀東政権問題があるので、お二方に置かれては注意を怠らないようにしていただきたい。 

すなわち、宗哲元は決して国を売りません。お二方には今日以降私に外で合わないように注意を払い、合わせて立場を固く守り、決して動揺することのないようにお願いしたい。」 

 
 

と語った。宗は続けて「軍隊を訓練させて強化し、準備を整えて日冦の侵略を防ごうではないか」と付け加えた。 

 
 

言い終えた宗は、準備させた一万元を、私たちそれぞれに手渡した。 
私たちは宗に向かって感謝の言葉を述べ、次のように言った。 

 
 

「私たち二人は今後、心を一つにして宗委員長に従い、国家の為に尽くします。」 

私たちは宗と硬い握手を交わして別れたのでだった。のちに保安隊が通県(通州のこと)で義挙(起義)したのは、この日の会談の約束を果たした結果である。 

 
 

盧溝橋事件発生後、宗哲元が北平(北京)にいなかったため、私は腹心の劉春台(りゅう・しゅんだい)(ニセ冀東教導訓練所副署長)を密かに北平(北京)に向かわせ、河北省首席・馮治安(ひょう・ちあん)に行動指針をどうするか伺った。 

馮治安は劉に次のように告げました。 

 
 

「今の所、我が軍は日軍同様まだ戦略が決まっていない。張隊長に伝えて欲しいのは、しばらく軽挙を控えることです。我が軍と日軍が開戦する時を待って、その時は、張隊長に不意をついて通州で義挙する一方、兵を分けて豊台を側面から攻撃し、挟撃の効果を収めようではないか」 

 
 

さらに劉春台にこう付け加えた。 
「腹心の人物を登用派遣し、第29軍参謀長の張越亭と普段からいい関係を維持するといい」 

 
 

劉春台は、馮治安に別れを告げるとすぐに張越亭に面会を求め、良い関係を作った。張越亭もすぐに私と張硯田の保安隊を戦闘序列に加えたのであった。 

 
 

この時、日冦の通県に駐在する特務機関長、細木繁中佐は、第29軍が通県に侵攻するのを防ぐため、特に私と張硯田を招集して、軍事会議を開いた。 

会議は通州の防衛についてで、彼は、5千分の1の地図を前に私たちに地図を基にした、防衛計画を作るように命じた。 

 
 

私は立ち上がってこう述べた。 

「私たち二人は、軍人出身です。学問もなく、難しい軍用地図はよく分からない。でも、我々には自信があります。通州をしっかり守り抜くことができますし、皇軍とともに戦えば、第29軍をつき崩すことは可能です。 

 
 

ただ、目の前にある兵力は少なくこのままではダメです。私の考えを申し上げれば、あちこちに駐留させている各所の保安隊を通州に集中させてから命令を待って、それから作戦会議をさらに開いた方が良いと思うが、いかがですか」 

 
 

細木繁はもっともだと頷き、その案はすぐに許可された。加えて、彼は我々を忠実で頼りになると信じたらしく、各地にバラバラで生活している日僑を、保護の目的で通州に集中させることに決定した。 

 
 

私は、すぐに張硯田と手分けして、所轄のあちこちに分駐している部隊を通県(通州)に集めるよう指示した。 

 
 

私は、日冦が大挙して南苑を侵略し、併せて飛行機を飛ばして北平(北京)周辺を爆撃するのを見て、戦機はいよいよ近いと知った。 
このまま座視しているわけにはいかなくなり、遂に、7月28日夜、通県で義挙すると決定した。 

 
 

直ちに私は兵を出し、通州城の城門を封鎖し、市内の交通を断ち、電信局や無線台を占拠させた。合わせてニセ冀東政府を包囲し、漢奸、殷汝耕を拘束させた。 

私は、同時に西倉に兵を向かわせ、特務機関長、細木を捕らえた。細木は銃声が四方から響くのを聞いて異変を察知、特務の十数人を率いて抵抗した。 

 
 

細木は片手に銃を持ち、片手で我が軍の将兵を指差して大声でわめいた。 

「お前たちは速やかに保安総隊へ帰れ。お前たちは生き残れないぞ」細木は話が終わらないうちに、我が軍の乱れ打ちにより射殺された。 

残りの特務の連中は形成不利と考え、速やかに特務機関内に身を返し、門を閉じて死守しようとした。 

 
 

我が軍は大砲と機銃で猛烈に掃射し、集中掃討したのだった。激戦は7月29日午前9時ごろに至り、日冦は一部の逃亡者を除き、頑固に抵抗したものはことごとく殲滅した。 

 
 

日冦は爆撃機24機を派遣して、我が通県起義軍に対して爆撃を繰り返し、7時間の長きに達した。私の命を奉じて戦ってきた蘇連章の団は、対空装備がないので全く支えきれず、ここに置いて軍服を脱ぎ城を捨てて逃げた。 

 
 

張硯田と蘇連章らの相次ぐ逃亡はこの通県反正に対する影響上、極めて不都合だった。程なく私は蒋介石から電話で招かれ、南京へ向かった。 

蒋介石は私にこう語りかけた。 

 
 

「あなたはこの度、通州で蜂起し、破れて未だに栄誉を得ていないが落胆することはない。損失は私が整理して軍政部から補充するから、しばらく休んで静養し、その後再び戦線に復帰してもらいたい」 

 
 

さらに、蒋介石は、 
「あなたは殷汝耕を捉えたのに、なぜ殺さなかったのか」 
と問うので、私は、 

 
 

「当時はまさに逆賊の殷汝耕をさらし首にして見せしめにし、民の怒りを鎮め、はっきりさせようと銃殺を考えました。 
けれど、もっと良いのは北平(北京)の宗哲元委員長のところまで護送し、中央の法律で処罰してもらうのが妥当だ、とニセ冀東教導訓練所副所長の劉春台が阻んだのです。 
と答えた。 

 
 

蒋介石は良いとも悪いとも言わずに、私を旅館に帰って休ませ、明日、何応欽部長のところへ行き、再度協議しようと言われた。 

 
 

1938年、改めて私は第91軍副軍長に派遣されたが、私は病気を理由に断り、遂に職につかなかった。 

 
以上、引用終わり。 

 
 

通州事件の首謀者である、張慶余(ちょう・けいよ)は冀東保安隊第一隊長とて、国民党軍29軍の攻撃から日本人居留民を保護することを任務としていました。 

 
 

しかし、張慶余は、その国民党軍第29軍の宗哲元と裏で繋がっており、日本人虐殺のための活動資金までもらっていたのです。 

 
 

冀東政府を樹立した殷汝耕は元々、国民党軍にいた人であり、日本傀儡(かいらい)政権と言われた冀東自治政府を樹立した時、蒋介石は裏切り者として逮捕状を出していました。 

 
 

蒋介石は張慶余に対し、 
「あなたは殷汝耕を捉えたのに、なぜ殺さなかったのか」 

と問いただしたのは、そういった背景があったからです。 

 
 

いつも私たちを守ってくれている保安隊の人たちを信じて生活していた、日本人たち。その保安隊が突然日本人を皆殺しにしろと、いって夜中に襲ってきたのです。 

 
 

どれほど驚いたことでしょう。そして、見るも残酷な方法で無抵抗な女子供たちを、強姦、略奪、殺人を犯し、それをシナ人たちは楽しんでいたのです。 

 
 

その首謀者である張慶余は、通州事件の2年前から敵の国民党軍と内通して、日本人殺戮のために準備していたのです。 

 
 

細木特務機関長をはじめ日本人居留民たちは、まさか、張慶余が敵のスパイであったとは全く知らずにいました。 

 
 

しかも事件後、張慶余は蒋介石から呼び出され、 
「通州で蜂起し、破れて未だに栄誉を得ていないが落胆することはない。…その後再び戦線に復帰してもらいたい」 
と言われました。 

 
 

つまり、通州事件を裏で画策していたのは、蒋介石だったのです。 

また、「盧溝橋事件風雲編」(中国人民大学出版社刊)が盧溝橋事件から50年たった1987年に出版されました。 

 
 

これは、抗日戦争50年記念事業として、中国の歴史書として中国共産党が編纂したものになります。 

 
 

この中で、通州事件についても次のように触れられています。 
1935年、宗哲元と張慶余、張硯田との秘密会談について書かれた後、 

 
 

 
第29軍の宗哲元は冀東保安隊を差別することなく、努力して味方として団結させた。そして、のちに保安隊が通州で反正したのは、まさにこの時の約束と直接的な関係があったのだ。 

 
 

冀東保安隊と29軍は、ずっと極秘のうちに行き来し続けたのである。 

冀東保安隊は日軍、敵警察、憲兵と日鮮浪人500人を殺害し、河北郡民の抗日闘志を示した。 

 
以上、引用終わり。 

 
 

500人というのは中国共産党が得意とする水増しです。 
実際の殺害された人数は250余人となります。 

 
 

戦後、蒋介石も中国共産党も、通州事件について謝罪していません。また、日本政府も戦後、一切この事件について外交問題にしていません。 

 
 

どんなに南京大虐殺について中国共産党から、歴史認識を改めるように謝罪要求されてもです。 

 
 

この中で「反正」という言葉が出てきますが、これは「反省」ではありません。間違いを改め正しい状態に戻すという意味で、この場合は、日本の侵略という間違った状態を改め、日本の傀儡政権である冀東政府を倒し、日本人を抹殺すること、というような意味で使われています。 

 
 

無抵抗な女性(妊婦)や子供達(赤ん坊)、多数の日本人居留民を、シナ人による残虐な方法で強姦、略奪、殺人を犯した通州事件は、蒋介石や中国共産党にとっては「反正」であり、輝かしい抗日戦であり、日本に謝罪するようなことではないのです。 


幻の東京オリンピック
公開日時: 2020-11-04 04:46:34


 幻の東京オリンピック  

 
 

あなたは、東京がオリンピック開催国に選ばれたのは今回が2度目だと思ってますか? 

 
 

実は3度目なのです。 

 
 

昭和39年はご存知の通りですが、その前の昭和15年(1940年)にも東京での開催国が決定されていたのです。 

 
 

しかし、その3年前の昭和12年(1937年)に起きた盧溝橋事件をきっかけに、中国と日本は全面戦争へと突入し、第二次世界大戦となります。そして、昭和15年のオリンピック開催は中止となってしまいました。 

 
 

次回のオリンピックは2020年です。その3年前に当たる2017年に、80年前に起きた盧溝橋事件と同じような事件が起きると思いますか? 

 
 

昭和12年7月7日、中国国民党軍の第29軍(宗哲元)と日本陸軍は盧溝橋を挟んで対峙していましたが、中国共産党軍の劉少奇(りゅう・しょうき)の工作にはまって、戦闘行為が始まってしまいました。 

 
 

当時の首相、近衛文麿は不拡大の方針を出すが、杉山陸軍大臣の強行姿勢に押されて、中国大陸に派兵する方針が決まってしまいました。 

 
 

その時、参謀本部にいた石原莞爾少将が近衛の別邸である荻外荘(てきがいそう)に訪れ、直談判します。「支那に兵を出すのは反対であり、ソ連との戦争に備えて満州を強化すべしである。陸軍の支那への動員案を否決してほしい」と。 

 
 

しかし、近衛首相は陸軍を抑えることができずに、大陸へ軍隊の派兵を決定しました。 

その後も何度か、北京郊外で日本軍が中国国民党軍29軍から銃撃を受けたため、日本政府もやむなく3個師団の派兵を実行に移しました。 

 
 

その後は、杭州湾上陸作戦、南京城攻略、漢口攻略など、中国全土に戦線が拡大していき、泥沼の戦争へと突入していきました。 

 
 

時代を今に移しますと、舞台は盧溝橋から尖閣諸島に移ります。 

 
 

ここで、中国共産党軍は挑発行為を繰り返しています。 

日本は隠忍侍従。自衛隊を派遣せず、警戒を続けています。 

 
 

ここまでは、80年前とほぼ同じです。 

問題はここからです。 

 
 

中国共産党は、いずれ実弾射撃をしてくるでしょう。 
(すでにロックオンは行なっています) 

 
 

その時、安倍首相が中国共産党の挑発行為に乗って、軍事行動を起こすか、あるいは、挑発に乗らずにやり過ごすかどうかです。 

米軍が守ってくれると思っている人がいますが、どうでしょう。 

 
 

かつて、朝鮮戦争の際、マッカーサーがワシントンに軍事援助を要請しました。朝鮮半島に押し寄せてきた中国共産党軍と戦うために、中国大陸に米軍を派兵してほしいという要望です。また、核兵器も要求しました。 

 
 

そのマッカーサーからの要求を受けて、当時のトルーマン大統領は、どういう行動をとったでしょうか? 

 
 

トルーマン大統領は、マッカーサーの要求を受け入れず、司令長官の職を解任してしまったのです。 

 
 

おそるべき米国の文民統制(シビリアンコントロール)です。 
マッカーサーの要求をそのまま受け入れていたら、おそらく第三次世界大戦となっていたでしょう。 

 
 

米国は中国と戦争をしたくないのです。 
また、米国は世論の力が強いです。 

 
 

そのため、中国共産党は40年以上前から1兆円規模の予算を使って、周到に準備してきました。 

 
 

日本と戦争状態になった場合、米国世論が中国の味方となるようにです。 

そうすることで、米軍基地も日米安保も無力化することができると考えているのでしょう。 

 
 

また、日本の世論の形成にも力を入れてきました。 
中国共産党に対して抵抗する力を削ぐようにです。 

 
 

そのために、歴史認識を繰り返し強調して、日本人に中国に対する罪悪感情を徹底的に刷り込んでいきました。 

 
 

首相はじめ大臣閣僚や他の政治家が、8月15日に靖国神社に参拝することを阻止することで、死を恐れずに突撃してくる日本軍の精神を打ち砕いていくことを狙いました。 

 
 

それから、桁外れの軍備増強は周知の通りです。 

 
 

中国共産党は、なぜそこまでして、日本と戦争したがるのでしょうか? 

中国は太平洋に進出していく野望がありますので、日本列島が喉から手が出るほど欲しいのです。 

 
 

しかし、その島々に昔から住み着いている大和民族が邪魔で邪魔でしょうがないのです。 

 
 

そこで、中国共産党は、大和民族浄化計画を作成しました。 
(実際、この計画書を見たことありません。私の勝手な妄想と思ってご了承ください) 

中国共産党は過去に民族浄化を行なってきました。 

 
 

例えばチベット族やウイグル族などです。 
これはまだ進行中です。 

 
 

中国共産党政府の支配している国は94%は漢民族です。残りは朝鮮族や満州族、モンゴル族など少数民族で構成されています。 

 
 

おそらく、東アジアは漢民族で支配しようと企んでいるのでしょう。 

 
 

過去に何度も支那人に抵抗してきた、生意気な大和民族は地球上から抹殺してしまおうと考えてもおかしくありません。 

 
 

安倍首相のブレーンには、ソ連のスパイが潜んでいるかもしれません。 

彼は、自分がマルクスレーニン主義にはまっている革命思想の持ち主であるとは、決して公にしません。なぜなら、スパイだからです。 

 
 

一見すると、保守のような論陣を張り、憂国の志士として行動しています。 

そのスパイは軍事行動を積極的に支援するでしょう。 

 
 

安倍首相は、そのようなスパイからの意見に左右されてはいけません。 

また、かつての石原莞爾のような人が現れるかもしれません。 

 
 

彼は、軍事行動を制しするように意見しますので、その意見に耳を傾けるべきです。 

中国共産党軍が実弾攻撃をして犠牲者が出たら、おそらく今の世論とは全く異なることになるでしょう。 

 
 

そうなった時に、安倍首相は、かつての石原莞爾のような人の意見を無視せず、中国共産党の挑発にのらないことです。 

 
 

近衛文麿首相のように、ソ連のスパイだった尾崎秀実の意見を聞き入れ、中国の挑発に乗ってしまった結果、かつての日本帝国が滅亡してしまった、二の前にはならないで欲しいです。 

 
 

そうすれば、2020年東京で平和なオリンピックを開催することができるでしょう。 


なぜ、日本の経済界は媚中なのか?
公開日時: 2020-11-02 12:32:03


「首相が靖国参拝すると日中関係が悪くなるのでやめて欲しい」、とか、「日本は、中国の経済ブロックの一部として生きていくような発想がないとダメだ」、というよう考えを持つ経営者が、日本の経済界にたくさんいます。 

  

媚中と言われる人たちですが、彼らはなぜそこまでに中共に憧れるのでしょうか? 


Confucius Institute is a propaganda agency of China.
公開日時: 2020-11-01 20:46:32


Confucius Institute is Confucius an educational institution that is active in spreading Chinese language and culture around the world. Alover it is set up mainly in the university, it is a very attractive system for the university side, such as a large number of subsidies paid to the university from China, and a lot of Chinese students enroll. 

However, it is becoming clear that Confucius Institute is actually being used as a spying activity of China. 


孔子学院は中共の宣伝活動機関
公開日時: 2020-11-01 20:08:15


孔子学院(confucius Institute)と言う、中国語と中国文化を世界中に広める活動をしている教育機関があります。主に大学内に設置されていますが、中共から大学に多額の助成金が支払われて、また中国人留学生もたくさん入学したりと、大学側にとっては大変魅力的なシステムとなっています。 


インド映画「グンジャン・サクセナ」を見てみた
公開日時: 2020-10-31 09:10:51


インド映画「グンジャン・サクセナ」を見ました。 

  

インド空軍に初の女性パイロットとして志願して、実戦で活躍するまでを描いた作品です。当初はフィクションと思って見ていましたが、今から15年ほど前の実話に基づいた作品とわかり、驚きました。 

  

男性と混じり、ただ一人女性として訓練を受けていましたが、周りの男性からは馬鹿にされて相手にされず、いつも一人ぼっち。教官からもいやがらせを受けて、まともに訓練を受けることができませんでした。 

  

パイロットなので、飛行時間を多く持たなければなりませんが、同期の中で彼女だけ極端に少ない飛行時間でした。 

そんな中、一人の教官が彼女を鍛えます。 

  

彼女は、男性にも負けない技量を持っていたので、気がついたら、同期の中でも他をリードするほどの腕前に。 

しかし、いつも嫌がらせをしていた上官から男性と腕相撲をするように指示され、彼女はあっけなく負けてしまいます。 

いくら飛行技術が優れていたとしても、身体能力では男性にかなわないので、「いい気になるな」、といじめられてしまいました。 

  

一旦はあきらめて実家に戻るのですが、子供の頃からの夢をあきらめきれずに、再び、空軍の訓練学校に戻ります。 

  

そして、インドとパキスタンの国境で起きた紛争に行くように命じれらます。 

  

初めての実戦です。 

  

トップガンのようなストーリー展開ですが、しかし、前線キャンプでも上官からの次のような言葉を言われてしまいました。 

  

「我々は祖国を護ために、プレッシャーの中で戦っている。その上、さらにお前のような女性パイロットを守るほどの余裕などない。家に帰れ」、と。 

  

そんな中、敵の攻撃を受けた歩兵部隊を救出するために出撃命令が出されます。 

  

一緒に出撃した上官の操縦するヘリが攻撃を受けて墜落。危険だから引き返すようにキャンプから命令を受けますが、彼女はその命令を無視します。 

そして、地上の敵兵をヘリから攻撃して、さらに負傷した上官を救出。 

  

キャンプに戻ってきた彼女は、周りの男性兵士から拍手を受け祝福されました。 

それまで、お荷物扱いされてきた彼女でしたが、上官からも認められた瞬間でした。 

  

女性でありながらも、空軍のパイロットに志願した彼女。 

  

インド空軍では初の女性パイロットでしたが、彼女の活躍もあり、今では1600人ほどの女性兵士がいるようです。 

  

インドはパキスタンと中共との国境があり、紛争が何度かありました。2020年6月にも中共軍との戦闘があり、約20名のインド兵が犠牲になってしまいました。 

  

祖国を護ために日々訓練をして、国境紛争が起きれば前線に出て闘うインド兵たち。 

  

そのプレッシャーはどれほどのものでしょうか? 

  

それに比べて、実践で戦った経験のない日本の自衛隊の隊員たち。 

  

いざ、敵と紛争が起きた時には、前線で戦うことも想定して日々訓練をしていると思いますが、憲法でがんじがらめに制約されている自衛隊は、前線で戦うことが難しいです。 

  

今から10年ほど前、米国メロン大学で学んだことのある有名な脳科学者の講演に行ったことがありますが、彼は、その講演で脳科学の話よりも自衛隊を直ちに解散すべし、と言う話をずっとしていました。 

  

彼は、暴力装置である自衛隊があるから、日本は紛争に巻き込まれてしまう、と言う理論でした。 

  

自衛隊を解散したら、誰が日本を守るのでしょうか? 

  

憲法9条が日本を守るのでしょうか? 

  

祖国を護るために、国境で紛争が起きた時には前線で戦うインド兵たち。彼ら彼女たちは、誇りを持って日々訓練に励んでいることでしょう。 

  

中共は、台湾や尖閣諸島、そして沖縄を奪うことを次の標的にしています。 

  

11月3日の米国の大統領選挙後の混乱に乗じて、軍事行動を起こすかもしれません。 

  

そのような緊張状態の時に、日本の自衛隊が前線にて戦えるのかどうかが、極めて重要になってきます。 

  

なぜかと言うと、日本で起きた紛争において、在日米軍の若者が犠牲になった時、日本の自衛隊が前線で戦うことなく後方支援だけしていた、ということがわかってしまったら、米国世論は、反戦撤退に傾くと思います。いくら日米安保条約があると言っても、それは、米国世論が日本で起きた紛争で米軍も戦うことに賛成していることが前提条件となので、米国世論の支持がなくなれば、米軍が撤退することは十分考えられます。 

  

そうなったら、日本を守るのは自衛隊のみと言うことになります。しかし、自衛隊は憲法でがんじがらめに縛られているので、通常の軍隊のように作戦行動することができません。 

  

軍隊ではない自衛隊には、軍法会議についての規程もないので、自衛隊員が前線で敵と戦闘行為を行うことが、極めて難しいのです。 

  

2020年中に憲法改正すると公約していた安倍首相ですが、その意思を引き継いだ、すが首相に憲法を改正、いや改正ではなく明治憲法を復元して欲しいです。 

  

そうすれば、中共も簡単に日本に対して軍事行動を起こすことができなくなるでしょう。 

  

なぜならば、中共が一番恐れているのは、日本の再軍備だからです。 

  

そして、すが首相は歴史に名を残す首相となることでしょう。 


三島由紀夫が憲法改正を訴えた最後の演説
公開日時: 2020-10-27 13:29:28

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三島由紀夫と楯の会事件
公開日時: 2020-10-18 05:51:56

三島由紀夫と楯の会事件
公開日時: 2020-10-18 05:51:56

米中軍事衝突の可能性
公開日時: 2020-10-15 05:49:59

米中軍事衝突の可能性
公開日時: 2020-10-15 05:49:59

INFORMASJON OM USAS KRIGSKONTOR (Norwegian Edition)
公開日時: 2020-10-13 19:04:47

INFORMASJON OM USAS KRIGSKONTOR

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公開日時: 2020-10-13 19:04:47


INFORMASJON OM USAS KRIGSKONTOR 


日露戦争で立派な武勲を立てた大山巌と、米国世論を親日にしたことで大きな功績を果たした妻の捨松
公開日時: 2020-09-29 19:45:00

日露戦争で立派な武勲を立てた大山巌と、米国世論を親日にしたことで大きな功績を果たした妻の捨松

日露戦争で立派な武勲を立てた大山巌と、米国世論を親日にしたことで大きな功績を果たした妻の捨松
公開日時: 2020-09-29 19:45:00

日露戦争で立派な武勲を立てた大山巌と、米国世論を親日にしたことで大きな功績を果たした妻の捨松

Iwao Oyama and the Russo-Japanese War; his wife Sutematsu's unofficial help
公開日時: 2020-09-29 19:41:17

Iwao Oyama and the Russo-Japanese War; his wife Sutematsu's unofficial help

Iwao Oyama and the Russo-Japanese War; his wife Sutematsu's unofficial help
公開日時: 2020-09-29 19:41:17

Iwao Oyama and the Russo-Japanese War; his wife Sutematsu's unofficial help

Iwao Oyama i wojna rosyjsko-japońska; nieoficjalna pomoc jego żony Sutematsu
公開日時: 2020-09-29 19:37:48



Iwao Oyama i wojna rosyjsko-japońska; nieoficjalna pomoc jego żony Sutematsu